【Do Not Resuscitate】<延命治療>不要なら「蘇生拒否入れ墨」も一手段

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180521-00000017-mai-soci

 重症の高齢者が救急病院に運び込まれた場合、蘇生処置を施すか、見守るかは現場が直面する大きな問題です。延命を望むか望まないかは本人の意思しだいですが、ではどのような周知の方法があるでしょうか。大阪樟蔭女子大学教授、大阪大学招へい教授などを務めた石蔵文信医師が解説します。【毎日新聞医療プレミア】

 高齢の重症患者が搬送されてきても、本人の意思が確認できず、また家族の同意も確認できない場合は、医師は「訴えられたら大変だ」と考えて、できるだけの治療を施そうとする。だが中には、患者さんのためにならないばかりか、多額の医療費を使うことになりかねない処置もある。

 そのため最近は、運び込まれた時の延命処置の希望を事前に確認しておく病院も増えている。実際は、いつなんどき倒れてもおかしくない高齢者に、医師の方から「もし意識不明で病院に運び込まれたらどうしますか?」とは尋ねにくいので、もしも延命処置を望まないのなら、「その旨を明記できる書面はありませんか?」と逆に聞いておいた方がいい。

 ◇「延命治療不要」の意思を事前に周囲に伝える必要

 40歳以上の千葉県民を対象とした意識調査(2012年)では、「自分に死期が迫っている場合、延命治療を望まない」と答えた人が86%いた。しかしその一方で、延命治療について家族とあまり話し合っていない人は64%もいた。

 また、書面で自分の意思を残したいと思う人は41%いたのに、実際に意思表明を準備している人は5%と、かなり少なかった。最近は、このような問題に対応できる医療ソーシャルワーカーが窓口となり、相談を受け付ける病院もある。

 しかし、いつどこで倒れるかは誰にも分からない。かかりつけの病院に搬送されるかどうかも分からない。運悪く知らない土地の知らない病院に運び込まれることもあり得る。その場合、不本意な延命治療を受ける可能性がある。私はこのような事態に備え、「延命治療不要」の固い意思を持つ人は、胸に蘇生拒否の入れ墨をしたらどうかと提案している。

 実際、米マイアミ州で2017年、胸に蘇生拒否の入れ墨をした男性患者(70)が意識不明のまま病院に運び込まれ、大きな話題になった。入れ墨メッセージに従うかどうか現場で議論になったからだ。

 「蘇生拒否」は英語で「Do Not Resuscitate」と書く。男性の胸にはこのメッセージが彫られていたが、身元を確認するものがなかったため、医師はどう対処するか大いに迷ったという。そして、「不確実な情報の場合は取り返しのつかない措置を選ばない」とする原則に従って、患者を治療しようとした。

 ところが、メッセージの「Not」の部分には下線が引かれ、強調されていた。さらに署名も入っていた。このため、医師に相談された倫理問題の専門家は入れ墨を尊重するよう医師らに助言した。結局延命処置は施されなかったが、その後、蘇生拒否を明記した書類が見つかったため、問題にはならなかった。

 ◇かかりつけ医が「蘇生拒否入れ墨」を彫る日も

 たとえ本人が延命処置を望まなくても、人命を救い、病気やけがの治療を本分とする医療現場では混乱が起こりがちだ。だから、元気なうちに家族の同意を得て、本人の意思を書面に残し、かかりつけの医療関係者に伝えておくことが大切だ。

 とはいえ、独居高齢者や、旅先で急に病気になった人がそれらの意思を周囲にすぐ伝えることはなかなか難しい。

 そこで、胸への入れ墨を、本人の意思表明の手段として正式に認めてもいいのではないかと私は考えている。その場合、温泉や公衆浴場での入れ墨規制をゆるめる必要があるかもしれない。

 大阪地裁は17年、入れ墨彫り師に対する医師法違反事件の裁判で、「入れ墨は医療行為であり、彫るには医師免許が必要」という判決を出した。判決への賛否は別として、今後、かかりつけ病院の医師が、「蘇生拒否」の入れ墨を彫る時代が来るかもしれない。とはいえ、保険適用されるかどうかは微妙だろう。